恐怖!香川の心霊スポット巡礼 伝説の「中村トンネル」編

暗く細い旧道の先にあったのは、まさしく「あの世への入り口」でした。

まわりには灯りなどひとつもなく、夜の暗闇の中にさらに深い闇がぽっかりと口を開けていたのです。

「キッツイな、ここ!」

空気にのまれないように少しでも明るく振るまおうとする僕の声すらものみこんで、かつて香川県最恐と呼ばれた心霊トンネルは、僕らが足を踏み入れるのをまるで今か今かと待ちわびているようでした。

伝説の心霊トンネル「中村トンネル」

こんにちは。生まれも育ちも香川県、変態心霊スポットアタッカーSANUKICHIです。

今回はいよいよ伝説の心霊トンネル「中村トンネル」への突撃レポートをさせていただきます。

まずは「中村トンネル」がどういったところなのか、少し話をさせてください。

中村トンネルは高松市牟礼町と木田郡三木町を結ぶ県道38号線沿いの旧道にあります。

正式名称は「立石隧道」

高松市側の麓にある集落名から、地元では通称「中村トンネル」と呼ばれています。

明治以前に作られた手掘りのトンネルで、全長119.7m、高さ3.2~3.5m、道幅3.0~4.1m。

トンネル内および前後の山道の道幅はとても狭く、車は通れますが対向車をよけることはできません。

現在は県道38号線に新立石トンネルが開通しているため、この旧道はほとんど利用されていないようです。

昔、三木町側の入り口手前には道祖神地蔵がありました。

「地蔵の祠の扉が開いていたら帰り道で事故に遭う」

「地蔵が笑っているように見えたらトンネルから無事に出ることはできない」

などの有名な噂がありましたが、現在地蔵は新立石トンネルへと移されていて、残念ながらもう噂の真相を確かめることはできません。

中村トンネルの真実

中村トンネルから地蔵がなくなっていることを知ったとき、僕は落胆しました。

なぜなら中村トンネルといえば入り口の道祖神地蔵こそがメインで、心霊現象に遭遇できるかどうかのカギはすべて地蔵が握っていると思っていたからです。

 

「中村トンネルはもう終わった」

 

そう思っていました

 

しかし、

 

 

中村トンネルは本当に「終わった」のでしょうか・・・?

 

 

道祖神地蔵が撤去されてからもう10年以上が経ちます。

それにも関わらず、「中村トンネル」が香川最恐の心霊トンネルとして今なお語られることがあるのはなぜか?

かつてのオカルトブームの熱狂者たちが、ただ懐かしんでいるだけなのでしょうか?

確かに中村トンネルには地蔵以外にも怪奇的な噂がいくつかあります。

 

「トンネル内で女性の霊を見た」

「『死ね』という女の声が聞こえた」

「牟礼町側の入り口手前に空き地があり公園にする予定だったが、そこにある杉の木が不可解な理由で撤去できず、今も工事が中断されたまま放置されている」

 

しかしそのほとんどが心霊スポットによくありがちな噂で、これだけでは中村トンネルが最恐トンネルだなんてとても言い切れません。

中村トンネルが地蔵撤去後も10年以上にわたって、香川最恐と呼ばれ続けているのには他に何か理由があるはず・・・

 

何かそのヒントはないかと僕は中村トンネルに直接行ったことがある友人や知人に話を聞いて回りました。

 

するとどうでしょう。

 

なんと、行ったことがある友人知人のほとんどが、中村トンネルで何かしらの怪奇現象に遭遇したと言うんです。

 

 

「性別は分からなかったけど身長160cmくらいの黒い人影をトンネルの中で見た」

「心霊写真らしきものが撮れたので霊能者に見せたら即削除するように強く言われた、もう二度と行かない」

「旧道を歩いて帰っていたら誰もいないはずなのに足音だけがずっとついてきた」

「トンネル内に男物の下着が落ちていた」

 

 

これは驚きです。

ガチかどうかは別として一般的な心霊スポットでの怪奇現象との遭遇率は、統計をとったことなんてもちろんありませんし、メチャクチャ適当ですが、体感でだいたい2%くらいじゃないでしょうか?

 

友人「心霊スポットに行ってきた」

僕「どうだった?」

友人「怖かったけど、別に何もなかった

 

こんなのが大半です。

なのに中村トンネルの話になると、「お前らマジか、ふざけるな」と思ってしまうくらい多くの人が、

 

「そういえば・・・」

 

と自分が遭遇した不思議な体験について話し始めるんです。

 

「これは何かあるに違いない」

 

股間の不思議アンテナがピクピクと反応した霊感皆無の僕は、オカルト好きな友人マートン(仮名)を誘って、とうとう伝説の「中村トンネル」へのアタックを決行することにしました。

中村トンネルは伊達じゃない!

時刻は午前0時。

三木町側から中村トンネルへとアタックするべく、マートンの運転するワゴンRで県道38号線を北上しました。

移動されたとはいえ、とりあえず伝説の地蔵を見ておきたかったので、いったん中村トンネルへと続く旧道の入り口を通り越して僕たちは新立石トンネルへと向かいました。

キレイなトンネルです。

このトンネル入り口の手前にちょっとした駐車スペースがあって、そこに伝説の地蔵はありました。

 

来ました!これが伝説の地蔵で・・・、あれ?

「・・・ちょっとキレイすぎることない?」

「そやな・・・」

もしかして地蔵は10年前、ここに移されるときに新しく作り直されたんでしょうか?

 

出典:隧道探訪 byマフ巻隧道探訪隊:立石隧道再訪編

 

完全に作り直されてました。

この写真は以前、中村トンネルにあった地蔵です。

新立石トンネルの地蔵とはまったくの別物です。元の地蔵はどうなってしまったんでしょうか?

とりあえず供えられている日本酒の量がハンパじゃないことに少しビビりつつ、中村トンネルへと続く旧道へと向かいました。

 

旧道です。

元の写真は暗すぎて何が写っているのかわからなかったので、少し明るく加工しました。

街灯なんてひとつもありません。ただただ暗闇のなかを進むにつれ道幅は狭くなり、道端に生い茂る草木がどんどん深くなっていきます。

自分たちが確実に中村トンネルに近づいていることを肌で感じました。

山道はくねくねと曲がりくねっています。

何度目のカーブを曲がったときでしょうか。

 

いくつもの心霊系サイトで何度も何度も飽きるほど目にしてきた写真とまったく同じ、「あの中村トンネル」が目の前に現れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、すげぇな・・・」

心底驚きました。僕は中村トンネルを完全になめていました。

ここに来るまでは、

 

「地蔵のない中村トンネルなんて肉抜きの肉うどんみたいなもんやろ」

 

そう思っていました。

しかしそれは完全に僕の誤解でした。

中村トンネルは肉抜きの肉うどんどころか、神戸和牛をこれでもかと盛りつけた肉うど・・・というか、もはや神戸和牛そのものでした。

 

中村トンネルは神戸和牛でした。

 

いや、でも冗談抜きで中村トンネルが別格だということは、実際に目の前にするといやというほどわかります。

山の木々に囲まれて、ぽっかりと口を開けたこのトンネルはいったいどこへつながっているのか。

あの世とこの世をつなぐブラックホール的なものがもし存在するとしたら、きっとこんな感じなのでしょう。

中村トンネルが牙をむく

僕たちは車をいったん入り口の手前に停車して、トンネルの中を歩いて往復してみることにしました。

と、その前に、

 

伝説の地蔵があった祠跡です。

全盛期の中村トンネルはいたずらが相当ひどかったようです。

壁に吹きつけられたスプレーの落書きが当時の様子を物語っています。

 

さて、ここであまり時間をとってはいられません。中村トンネルには今でも僕たちと同じ目的をもった来訪者が多くいます。

道幅が狭く車の対向ができないので、いつまでもトンネルの手前に車を停めてもいられないでしょう。

いよいよ僕たちは中村トンネルへと足を踏み入れました。

 

 

 

トンネル内部のほとんどは岩肌がむき出しです。

湿った風が僕たちの全身を撫でまわして通り抜けていきます。

 

「うわぁ・・・」

 

これが中村トンネル。

もはや地蔵がどうこうとかいうレベルではありません。

ひとりだと完全に死ねるレベルの空気です。

一歩あるくごとに心を深くえぐられていくのを感じます。

全長119.7m。

写真はフラッシュを焚いているので伝わりにくいと思いますが、トンネルに入って20~30mも歩くと完全に光の途絶えた漆黒の世界が待っています。

 

懐中電灯2本の灯りだけで撮ってみました。

現場のうっそうとした空気を感じてもらえるでしょうか。

完全なる非日常空間。

もしかしたら、夢かうつつかと惑ってしまうようなこんな時空の隙間に、僕たちは霊という得体のしれないものを垣間見てしまうのかもしれない。

懐中電灯が照らし出す、むき出しの岩肌を見つめながら僕はそんなことを考えていました。

 

するとそのときです。

 

さっきまですぐ近くで感じていたマートンの気配がなくなっていることにふと気が付きました。

「えっ、マートン?」

僕は焦って懐中電灯の光を振り回しました。

ついさっきまですぐ横を歩いていたはずのマートンがいません!

「マートン!」

マートンは一体どこへ!?まさかこの底なし沼のような闇の奥深くへと何者かに引きずり込まれてしまったのでしょうか!?

これはやってしまった、中村トンネルを見くびりすぎた俺のせいだ!

ここでは何が起こってもおかしくない、少なくともトンネルの入り口に着いたときそんなことはわかっていたはずじゃないか!

 

くそっ、マートン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マートン?」

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

「・・・何しとるの?」

 

 

 

 

 

「いや、なんか登れそうやったから・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃそりゃあああああああああああ!!」

 

 

 

恐怖の輪廻

その後なんだかんだで僕たちは牟礼町側の出口へと無事にたどり着きました。

牟礼町側の出口付近には、不可解な理由で切ることができないという曰く付きの杉の木があるとのことでしたが、工事途中の空き地らしき場所はあったものの、問題の杉の木は暗すぎて見つけられませんでした。

しかもタイミング悪く次の来訪者が来たため、僕たちはトンネルをダッシュで引き返して車に乗り込み、そのまま帰ってきました。

 

香川県最恐の心霊トンネル「中村トンネル」

 

今回は残念ながら心霊現象に遭遇することはできませんでしたが、ただ事ではないトンネルだということだけはよくわかりました。

数多くの怪奇的な噂が流れたり、香川最恐トンネルと語られたりする理由もわかった気がします。

 

次はあなたのその目とその肌で、中村トンネルの真実を確かめてませんか?

 

4 件のコメント

  • 中村トンネル
    20年は経つでしょうか?

    私の同じ中学の先輩が、肝試しと称して中村トンネルの地蔵様の首をバットで叩き割り坂出駅正面から西側にタイトーと言うゲームセンターがあったのですが、そのゲームセンターの入り口に放置したのです。

    その当時、ニュースにもなりまさした。

    他のサイトでは、その後その若者は即死したとか書いてますが、死んでいません。

    かなり、ぶっ飛んだ先輩でした。

    その方は、10代の時に家出して、友達3人と大阪に行きました。
    しかし、お金が尽きて来て その中の1人が隠し金があるこれを使ったらもう帰れないから、香川県まで3人帰れる金額だから帰ろうと言いました。

    2人は帰りましたが、その男だけは、帰りませんでした。

    その後、その男は大阪でホームレスと一緒に炊き出しに並び食事をし、日雇い労働をして 生きていたそうです。

    今、生きているかわかりませんが、生きていたら42才になってるはずです。
    名前も覚えていますが、伏せておきます。

    • @さん、コメントありがとうございます
      そのニュース聞いたことあります!
      こうしてリアルな話を知ることができて、驚きでいっぱいです
      僕が心霊スポット巡りをするのは噂を確かめたいという気持ちもありますので、リアルな情報をいただけるのはとてもありがたいですし、嬉しいです
      まだ記事にできていないスポットもあります
      これからも更新を続けていきますので、今後ともわらったもんがちをよろしくお願い致します

  • 私が下記の事故の起きた場所の近くの人から聞いた話です。

    高松市新田町の4人死亡事故、2009年のそれは…
    車は今月買ったもの、と記事文中の通り、購入したそうですが、トランクに地蔵が入っていたんです。
    気味悪くて地蔵を捨てたその後に…

    近くのコンビニで4人と別れて命を拾った仲間が地蔵を探したが見つからなかったそうです。

    • コメントありがとうございます!
      すさまじい話です
      初めて聞きました
      その人たちは中村トンネルに行っていたということでしょうか?

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